これはちょっと分かりにくいかもしれませんが、結構重要な問題だと思います。[br] 実は、上で説明したような、投票者の数が増えるとだんだんゆらぎが小さくなるというカラクリには、「[url=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E7%AB%8B_(%E7%A2%BA%E7%8E%87%E8%AB%96)]独立性[/url]」という前提が潜んでいます。[br][br] 「独立性」とは、出来事同士が互いの確率に影響を与えない、ということです。[br] たとえば、サイコロを 2 回振っても、1 回目に出た目は 2 回目に出た目に影響を与えないはずなので、サイコロを振るという出来事は互いに「独立」だと言えます。[br] 逆に、なんでもいいですが、たとえば風邪を引けば会社や学校を休む人が多くなるはずなので、風邪をひくという出来事と欠席するという出来事は互いに「独立」ではありません。[br][br] 「独立性」は数学的には、条件付き確率を使って定義されます。[br] たとえば、A という出来事と B という出来事が単独で起こる確率がどちらも 9 割の場合、A と B が同時に起こる確率が[math]0.9\times0.9=0.81[/math]になるなら、A と B は互いに独立です。[br] 逆に、A が起こったときには必ず B が起こるとすると、A と B が同時に起こる確率は[math]0.9\times1.0=0.9[/math]でこれより大きくなりますし、A が起こったときに B が起こる確率が8割なら、A と B が同時に起こる確率は[math]0.9\times0.8=0.72[/math]でこれより小さくなります。[br] このような場合には A と B は独立ではありません。[br][br] 出来事の間に独立性がないと、大数の法則が成り立たなくなるので、上で説明した陪審定理のカラクリも成り立たなくなってしまいます。[br][br] では、陪審定理で想定しているような状況において、投票者の選択が互いに独立である、とはいったいどういうことなのでしょうか?[br] サイコロの場合、そもそも出る目は人間の意志によって操作できないので、互いに独立であると考えるのは自然なことです。でも、投票の場合には、投票者の意志は情報にも影響されますし、環境とか体調とか感情とかいろんなものに影響されます。特に情報や環境は多くの人に共通しています。[br] それで投票者の選択が互いに独立なんてことがありえるのでしょうか?[br][br] 選挙をイメージすると、いろんな影響が複雑でわかりにくいので、仮に「正しい選択肢」を当てる試験問題のようなものをイメージしてみましょう。[br] 一人一人の生徒が正しい背景知識と正しい解法に基づいて自力で答えを出していれば、それをどこから教わろうが、それによって正解率自体が大きく変わることはないでしょう。どこから教わっても、「正解」自体が変わるわけではないからです。[br] でも、もし特定の教科書や先生だけが、間違った解答や解法を教えていたらどうでしょう。それを鵜呑みにした生徒のかなりの割合が、同じように誤った答えを選ぶでしょう。[br] あるいはもっと極端に、一部の生徒がカンニングしていて、そのカンペ自体が間違っていたとしたらどうでしょう? それを鵜呑みにした生徒はすべて、同じように誤った答えを選ぶでしょう。[br] そのような場合、正しい答えを選ぶ確率は、互いに「独立」にはならないはずです。[br][br] 選挙でも同じことです。たとえば組織票のように、組織が一方的に投票先を決めて押し付けている場合、それが何万票・何億票あろうが、多数決の信頼性を高める陪審定理のカラクリにはまったく貢献しません。1票と同じことです。[br] あるいは、現代のSNSのように、特定のインフルエンサーに影響されて多くの人が投票した場合もそうです。インフルエンサーを鵜呑みにする度合いが大きければ大きいほど、投票者の選択の独立性は低くなり、多数決の信頼性に貢献する度合いも低くなるでしょう。[br]
まとめ
実は、陪審定理をそのまま現実の状況に適用できることは、そう多くありません。でも、この定理は一つの理念モデルとしての意味を持っており、政治制度や倫理を考える際に、いろんなヒントを与えてくれます。[br][br] たとえば、[url=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3]キャス・サンスティーン[/url]氏などは、自説の傍証としてしばしば陪審定理を援用しています("[url=https://www.amazon.co.jp/Infotopia-Minds-Produce-Knowledge-English-ebook/dp/B00F8CWCOW/ref=sr_1_1?_encoding=UTF8&keywords=Infotopia%3A+How+Many+Minds+Produce+Knowledge&qid=1558869570&s=digital-text&sr=1-1-catcorr]Infotopia: How Many Minds Produce Knowledge[/url]"、"[url=https://www.amazon.co.jp/Constitution-Many-Minds-Founding-Document-ebook/dp/B007AIXCC8/ref=sr_1_1?_encoding=UTF8&keywords=A+Constitution+of+Many+Minds%3A+Why+the+Founding+Document+Doesn%27t+Mean+What+It+Meant+Before&qid=1558869683&s=digital-text&sr=1-1]A Constitution of Many Minds: Why the Founding Document Doesn't Mean What It Meant Before[/url]"、"[url=https://www.amazon.co.jp/Going-Extremes-Minds-Divide-English-ebook/dp/B003YORJOE/ref=sr_1_1?_encoding=UTF8&keywords=Going+to+Extremes%3A+How+Like+Minds+Unite+and+Divide&qid=1558869763&s=digital-text&sr=1-1]Going to Extremes: How Like Minds Unite and Divide[/url]" など)。[br][br] 個人的に重要だと思っているのは、最後に紹介した独立性の問題です。[br][br] 現代ではどこの国でも政治的両極化が激しくなっており、フェイクニュースの問題などもあって、政治的対話自体が難しくなっていると言われています。[br] そのような状況において、他人に政治的な影響を与えることの意味、というものを一人一人が考え直す時期にきていると思います。[br][br] 当たり前ですが、優秀な人ほど主観的には自分が正しいと思っており、自分が正しいと信じることを他人に押し付けて何が悪いと思っていたりします。[br] ですが、主観的な正しさは客観的な正しさを保証しませんし、陪審定理によれば、9割の確率で正しい選択をする優秀な人でも、5割そこそこでしか正しい選択ができない凡人の多数決より劣るのです。さらに、自分の意見の押し付けは、独立性を減らして多数決の信頼性を低下させてしまいます。[br] [br] 仮に他人に押し付けた選択が、真の「正解」だったとしても、それはその一回限りの偶然でしかなく、制度的に保証された結果ではありません。[br] 極端に言えば、独裁者がたまたまいい政治をしたようなもので、運命の気まぐれでしかないのです。[br][br] このように「正解」を押し付けるだけが、正しい選択を促す方法ではありません。試験問題の例でもわかるように、正しい背景知識を広め、正しい問題の解き方を広め、一人一人が自力で「正解」を見つけられるようにしても、正しい選択が行われる確率を高めることができます。[br] しかもそれは一回限りの偶然ではなく、より制度的な強い基盤として根付くはずです
参考文献
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